中国の土地バブル崩壊はもうすぐ

長く続くわけがない資金の拡大的循環の仕組み
2011.01.19(Wed)  川島 博之


上海の地下鉄の総延長は、既に東京よりも長くなった。北京の地下鉄網も急速に整備されつつある。一昔前は、中国を代表する光景と言えば、天安門前広場を行き交う自転車の大群であったが、それは遠い過去の物語になろうとしている。中国の都市は、急速に近代化している。

 どこの国でも経済が発展し始めると、都市は急速に周辺に拡大してゆく。この現象は、かつて東京も経験したことだ。

 練馬区は東京都の北西部に位置しているが、江戸時代には練馬大根の産地として有名なところだった。江戸市中への農産物の供給基地だったのだ。それが、西武池袋線が開通すると、練馬区の農地は急速に住宅地に変わっていった。

 鉄道の駅周辺で地価が急騰した。それは、駅から遠く離れた、バスに乗り換えて行かねばならないような地域にまで及んだ。

 この現象が進行する過程で、土地を売って儲けたのは農民だった。日本では農民が土地を所有していたので、地価高騰の最初の受益者は農民であった。都市周辺の農民が土地成金になったのである。
農地を手に入れ宅地を造成する「土地開発公社

 ところが、中国の農民は土地を売って成金になることができない。それは、中国の土地が公有制になっているためである。

 中国は政府が独裁体制を取っている他は、資本主義国となんら変わることがないと考えている人も多いようだが、その認識は間違っている。こと土地の所有形態に関する限り、中国は共産主義国である。

 中国の農地は村が所有している。農民は村から農地を借りて耕作している。それは、集団で農業を行った人民公社時代のなごりと言ってもいい制度である。

 その中国でも、経済発展に伴い、北京や上海などの大都市周辺には宅地開発の波が押し寄せてきた。

 中国において、農地から宅地を造成しているのは民間会社ではない。地方政府が管理監督する「土地開発公社」が行っている。中国の土地は、宅地であっても公有制なのである。民間が携わることはできない。

 土地開発公社が農地から宅地を造成しようとした場合、公社は村と交渉して、所有権を譲ってもらうことになる。村の代表は村長や村民委員会であるが、それらは、中国の末端行政組織である。

中国の行政組織は日本以上の階級社会である。村より地方政府、地方政府より国の方が、より強い権限を有している。このため農地の譲渡に関わる交渉が、どのようなものになるかは、想像に難くない。

 公社が農地を宅地にしようと考えた場合に、村が反対することなどあり得ない。村長や村民委員会のメンバーが土地開発公社から賄賂を受け取ることもあるとされるが、公社にしてみれば、村長に贈る賄賂などたかが知れている。
ぼろ儲けと、資金の拡大循環のカラク

 農業を続けることができなくなった農民には、転業資金が支払われる。その額は、農民の年収5年分ほどが相場である。農民の年収は日本円にして10万円程度だから、転業資金として50万円ほどが支払われることになる。農民は50万円ほどを持って、都市に移り住む。多くは農民工のような低賃金労働者になるのである。

 一般的に農民が村から借りて耕している農地の面積は、1戸あたり0.5ヘクタール(5000平方メートル)ほどである。これは日本の3分の1程度であり、農地としてはそれほど広くない。日本の土地取引でよく使われる単位である「坪」(1坪は3.3平方メートル)に直すと、1500坪ほどである。

 土地開発公社は、この1500坪の土地を50万円ほどで手に入れることができる。坪単価にすると約300円と、驚くほど安い。公社は、そのようにして手に入れた土地を、宅地や商業地として、使用権を販売する。

 使用権は宅地なら70年、商業地では40年などと定められている。業者はその使用権を土地開発公社から手に入れて、そこにマンションや駅ビルを建てて、入居者に使用権を売ることになる。

 最近、北京や上海では、使用権が70年ついたマンションの価格は東京よりも高い。例えば部屋の面積が150平方メートルほどのマンションならば、日本円にして5000万円を下ることはないだろう。場所によっては1億円を超えると言われている。

 だが、そのマンションが立つ土地を手に入れるために、土地開発公社が支払った資金は1坪あたり300円なのである。

 土地開発公社は1坪300円で手にした土地を、マンションのデベロッパーに、そんな安い価格で売らないだろう。それ相応の価格で売り渡しているはずである。

ここまで書いてくれば分かっていただけると思う。土地開発公社はぼろ儲けをしている。

 ほんの10年ほどの時間で、北京でも上海でも地下鉄が急速に普及した理由がここに隠されている。土地開発公社も、地下鉄の建設も、地方政府の管理下にある。土地開発公社が得た資金を、地下鉄の建設に回せば、さらなるお金が地方政府周辺に流れ込む仕組みになっている。まさに資金が拡大的に循環しているのである。
土地を開発しても需要が見当たらなくなっている

 ただ、この仕組みには、多くの問題がある。

 土地開発公社の幹部は、当然、地方政府が選んでいる。土地開発公社から土地の使用権を譲り受けるデベロッパーの選定も、地方政府が行っているのだろう。

 土地開発公社デベロッパーは、地方政府高官に有力なコネがない限り、駅周辺などの土地を入手することは難しい。土地使用権譲渡価格はどのようにして決まっているのだろう。このあたりも不透明である。

 土地の価格は便利な場所で高くなる。それほど便利でない場所を土地開発公社に開発させて、比較的安い価格で身内や知り合いのデベロッパーに譲渡し、その後、新たな地下鉄の駅をその周辺に作ることも、地方政府高官なら可能であろう。

 これらのことは想像の域を出ないが、日本の高度成長期の汚職バブル経済を見てきた者ならば容易に想像がつく。

 日本ではこのような汚職はマスコミが暴いてきた。田中角栄は土地に関連した利権で大きな富を得ていたが、それを明らかにしたのは、若き日の立花隆氏であった。文藝春秋に掲載された「田中角栄研究―その金脈と人脈」は立花氏の出世作になった。しかし現在、中国のマスコミにこのような機能はない。マスコミは共産党の管理下にある。

 これまで述べてきた構造は、中国の経済成長に深く組み込まれている。中国経済は、このような土地にまつわる巨額の投資によって、高い成長率を維持している。

 この構造が崩れることは、中国の崩壊を意味する。そのために、政府はこの構造を守ることに必死になっている。

 しかし、この構造も空回りし始めている。地下鉄などを建設して土地を開発しても、それに見合う需要が見当たらなくなってきているのである。それは、郊外のマンションに空き部屋が目立つとの情報になって表れている。

 「ねずみ講」的な成長が、長続きするはずはない。中国のバブル経済の破裂は近いと考えた方がよいだろ。

 なお、中国の農地の現状や土地政策についてより詳しく知りたい方は、拙著『農民国家 中国の限界』(東洋経済新報社、2010)を参考にお読みいただきたい。

JB PRESS
http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/5241