起業家が起業家を救うエンジェル投資

大手ベンチャーキャピタルに認められなくても、先輩起業家が資金と助言をくれるタイプの投資が増殖中
2011年01月19日(水)12時09分
ドリー・シャフリル


 ニューヨークのシリコンアレーにある立派なオフィスで、クリス・ディクソンは18歳の青年に金を受け取らせようとしている。カリフォルニア州からやって来た青年で、噂ではシリコンバレーで最も注目される起業家の一人になりそうだ。青年の名はダン・グロス。音楽、銀行の取引明細やツイッターのフィードなど、個人が「クラウド」に保存したすべてのデータを簡単に検索できる方法を開発した。

 この検索エンジン「グレプリン」を事業として軌道に乗せるには資金が必要だ。投資会社ファウンダー・コレクティブの共同経営者である38歳のディクソンは、小切手を用意している。

 かっちりした黒縁眼鏡、ジーンズにスタッズベルト、そしてもちろんスニーカー。ディクソンは生き残りの難しい新興インターネット業界では珍しい成功者だ。ネットセキュリティー企業のサイトアドバイザーを05年に7500万ドルでマカフィーに売却した後、有望な後進に贈り物をする「エンジェル投資家」の一人になった。

 クライナー・パーキンズ・コーフィールド&バイヤーズやセコイア・キャピタルといった大手ベンチャーキャピタルと違い、エンジェル投資家はもっぱら大成功した個人起業家で、手持ち資金を次世代の才能に賭けたがっている。大不況でベンチャーキャピタルからの資金は期待できないため、彼らがその穴を埋めようとしているのだ。新興企業に注目するウェブサイト「アーリーステージャー」によれば、こうしたファンドは09年の7社から今年は26社と急増した。

 もちろん「エンジェル」は少しばかり言い過ぎだ。彼らもベンチャーキャピタルと同じくらい日和見的で、第2のグーグルに最初から関わりたがる。

 ベンチャーキャピタルが新進の起業家に巨額の出資をして大量の株式を手に入れるのとは違って、ファウンダー・コレクティブの出資額は平均20万ドル未満。見返りの株式も少ない。しかし起業家への個人的支援はベンチャーキャピタルを上回る。おかげで若き起業家は、ハイテク業界有数の頭脳と成功した起業家につてができる。

 シリコンバレーではみんな知っているはずだ。98年8月、後にグーグルを創設するラリー・ページとセルゲイ・ブリンに10万ドルの小切手を手渡したのは、サン・マイクロシステムズの共同創立者アンディ・ベクトルシャイムだった。ハーバード大学の学生が始めたフェースブックという新興企業に、第三者で最初に投資したのはペイパルの共同創設者ピーター・シールだ。

 過去10年間、ハイテク企業の開業コストは大幅に下がっている。新興企業はもうオラクルのデータベースに6万ドル払ったり、コンテンツの管理システムに何万ドルも支払わなくていい。すべて無料のオープンソースソフトウエアにお任せだ。ブロードバンドもハードウエアもかなり安くなった。プログラマーも今は1社に1人か2人で十分だ。

起業家が資金を出し合うことも

 しかも新興企業では、高額報酬に代わってストックオプション(自社株購入権)が主流になり、開業コストは数百万ドルから数十万ドルに下がった。おかげでファウンダー・コレクティブのような小規模ファンドも大々的に参入できるようになった。

 ディクソンがファウンダー・コレクティブの創立を思い付いたのは08年。彼は当時、写真共有サイト「フリッカー」の共同創設者カテリナ・フェイクと共に、ユーザーの嗜好を分析してその人に合った商品やライフスタイルを推奨するサイト「ハンチ」を始めようとしていた。フェイクはフリッカーを05年にヤフーに売却して大儲けし、エンジェル投資に手を出していた。

 資金を出し合えば、ほかにどれだけのベンチャーの設立を支援できるだろうか。既存のひと握りの企業に何百万ドルも投資するのではなく、それこそ紙ナプキンに書き留めたアイデアも含めて、まだスタートさえしていないような数社に何万ドルかずつ投資したい......。

 そう考える起業家は彼らだけではなかった。アフリカ最大のネット接続サービスプロバイダを始めたデービッド・フランケル、カレッジユーモア・ドットコム(06年にIAC/インタラクティブコープが買収)を創設したザック・クライン、歯科用画像技術メーカーを06年に9500万ドルで3Mに売却したエリック・ペイリーなどだ。彼らは総額5000万ドルを出し合い、ファウンダー・コレクティブを結成した。

「『コレクティブ』という言葉は社会主義者みたいでちょっと過激だろう。それが狙いなんだ」と、ディクソンは言う。「実際の資金もあるが、起業家が投資をリードし、投資が成功するよう努力し、成功すれば利益を分け合う独特の構造もある。いわば(中間業者を介さない)ピア・トゥ・ピア(P2P)のベンチャーキャピタルだ」

 共同経営者は全部で8人、それぞれが最大10万ドルまで自由に投資できるが、相談すればそれ以上の金額を提供することもできる。これまでに投資した新興企業は約50社だ。
親身なサポートも魅力

 ベンチャーキャピタルならまず考えられないが、ディクソンはグリニッチビレッジのカフェでコーヒーを飲みながら、クリス・プールに出資すると決めた。22歳のプールは15歳で匿名掲示板サイト「4chan」を開設し、今度はもう少しまっとうな「キャンバス」を始めようとしている。

 親身になってくれるところがファウンダー・コレクティブの魅力だったと、プールは振り返る。「彼らはビジネスパートナーで、いい提携先を探すのに手を貸し、いつもサポートしてくれる」。サンフランシスコに住むフェイクは「起業家を自分の家に泊めたこともある」と言う。

 個別の企業に投資するのではなく、結果的に複数の企業を起こすことになるかもしれない個人に投資するのがファウンダー・コレクティブ流。そのためディクソンは大抵、売り込んできた相手に身の上話をさせる。
「子供の頃からプログラミングが好きだったんだ?」とグロスに尋ねる。「ええ」とグロス。「グレプリンの試作品は72時間で完成しました」

 グロスは技術用語と金融用語を駆使してグレプリンのデモンストレーションをする。彼がこだわるのは「その人の生き方に基づくオートコンプリート」。グーグルは他人の検索履歴から予想してオートコンプリート(入力履歴を参考にした文字列の予測表示)するが、グレプリンは当人の検索履歴に基づいてオートコンプリートする。

「以前はキーワードをすべて打ち込む必要があった」と、グロスは言う。「グレプリンなら過去に検索したことの30%をタイプするだけでいい」

 ディクソンが笑顔を見せる。「『なぜ今まで誰もやらなかったんだ?』と言いたくなるね。グーグルが見たら買収したくなるだろう」

 これで決まりだ。ディクソンは翌週、グロスに10万ドルの小切手を切る。エンジェルからの大きな贈り物だ。


NewsWeek[2010年12月 8日号掲載]
http://www.newsweekjapan.jp/stories/business/2011/01/post-1920.php